寒山寺

寒山寺の近くの駐車場に到着する。ここから少し遠くに朱塗りの立派な五重の塔が見える。

 

5分程歩くと水路があり、そこに太鼓橋が掛かっている。蘇州は揚子江に沿って発展した2500年の歴史を持つ古都であり、また水の都・東洋のベニスと言われるだけあってこの様な綺麗な街並みが続く。本当ならこの水路を船で巡るぐらいの時間的余裕が欲しいのだが、今回はわずか半日の市内観光なので無理である。

 

更に5分程歩くと突然黄色の壁が続く通りに出た。この壁囲まれた所が寒山寺であり、中に入ると多くの観光客で賑わっている。

 

寒山寺は509〜519年の間に建立され、当時の名前は妙利普明塔院だったが、唐の時代に寒山と拾得がここで修行していた事でその故、寒山寺に名を変えたそうだ。そんな話はどうでも良いが、日本人にとってはやはり大晦日の除夜の鐘で有名なお寺であろう。大晦日にはここは日本人で一杯になるという。中国では旧暦での行事の為、12月31日に鐘を突きに来るのは日本人ばかりと言う。

 

 

ここでは2体の仏像を見る事が出来た。胸に卍の印が付けられているのは日本ではほとんど目にした事が無く珍しかった。

 

御堂の屋根の瓦は、小さな瓦が幾重にも積み重ねられており、一番上には西遊記に出てくる三蔵法師や孫悟空の像が置かれているのも珍しかった。

 

 

外から見た五重の塔には登る事が出来るようになっていたが、私達は金をケチったのか時間が無かったのか知らないが素通りした。

 

 

一風変わった鐘突堂で今日も日本人観光客がひっきりなしにその鐘を突いている。
 詩人張継が「楓橋夜泊」を詠って以来、寒山寺は全国的に有名になり、中国だけでなく日本を含む諸外国でも広く知られるようになったが、現在の鐘は以前のものではなく、日本の山田寒山によって送られたものである。

 

 

ガイドに案内された一角に、張継の詩「月落ち烏啼いて霜天に満つ、江楓の漁火愁眠に対す、姑蘇城外の寒山寺、夜半の鐘の音客船に到る」の石碑があった。この寺では日に5回程拓本を採っており、これを別室で販売(6,000円)している。私達もそこに連れて行かれたが誰も関心が無く、買う人はいなかった。